カバラ数秘術のBlog3

数秘33の数秘術カウンセラーによるブログです。数秘術や宿曜の他、色々書いています。

「コミュニケーションが苦手」は実は話し下手。ボキャブラリーと練習、足りていますか?

チャットアプリの利用が定着してきた陰で起きていること


先日ある番組で、「イマドキの若者についてイラっとすること」といったテーマで街頭インタビューをしていました。


その中で30代くらいのサラリーマン男性が、「会社を休んだり遅刻する際、電話(口頭)じゃなくてLINEで連絡してきて、しかも本人はまったく悪びれていないのが頭にくる」といったお話をされてました。
(そしてこの意見について賛成だった人たち(一般の)の数も少なくありませんでした)


次に、その点について20代の若者に該当でインタビューをしたところ、皆さん同じような答えが。
(電話で直接伝えると、その際)「お説教されたり怒られる。それがイヤ」とか「怖い」 なのだそうです。
とはいえたまたま同じ考えの人たちに当たっただけかもしれませんが。


とにもかくにもバラエティーだったので、とりあえず、笑って終わりました。
私も最初は笑っていたものの、ふと我に返って、「でもこれってもしかすると笑って済まされないことじゃないのかな~?」、と思えました。


また別の日は。
とあるSNSで、お子さんが学校でトラブっているお母さんの書き込みが。
先生と話し合いをしているんだけれど、自分の場合、それ自体が苦痛でたまらない。
口下手だし、先生たちに囲まれて怖いし。
どうしてメールやラインのやりとりじゃダメなのか? 会って話したくない。
というようなことが書かれていました。
そしてその書き込みに対して、共感をもたれた方々が数十と、少なからずいらっしゃいました。

この時も私は、これでいいのか?と考え込んでしまいました。


嫌なことを避けてばかりいるとどこかにツケが回ってくる


どちらのケースでも共通していることは、「丁寧な説明ややり取りが必要な重要な用件なのに、直接話すのじゃなく、LINEやメールといった書き文字だけで事態を収めようとしていること。
そしてそれでも(手段として)正しい=誤りではない と思いこんでらっしゃること」、と思います。


ここ数年、うちでもそうなのですが、個人セッションをリクエストいただく際、若い世代ほど、対面で直接お話するより、メールでのやり取りのほうを好まれるようになってきています。そして私はそのことを気にかけていました。
なぜなら、こうした変化は、みなさんの伝える力、会話力が低下していることを示しているかのように思えるからです。



書き文字だけがコミュニケーションの方法ではありませんし、直接の話し合いが必要な場面は社会に出れば多々ありますよね?

けれど、チャットアプリでのやり取りが当たり前のように定着してきたこの10年、だんだん、「言いにくい事、シリアスな話はメッセージで済ませて終わらせる」人たちが、若い世代を中心に増えてきて。
退職を告げる時も、恋愛相手と別れる時も、同じ家の中にいても家族でLINEをしあうとか。


私は使ったことがないのでわからないのですが、LINEって、読みやすくするため、書き込みはできるだけ短めにするのが暗黙のルールなんですって?
たまにメディアで画面を見かけるのですが。ほぼ単語の羅列。
まるで2,3歳の幼児のやり取りを見聞きしているみたい。
面白がれるのは最初だけ。
冷静になると、「なんかマズいぞ。ちょっと待って」。
「怖いー」という意見も、掘り下げてみると「自分にはそうした経験がないので、もしもそんな風になったら困る」と言いたいのかな?と。



私は、特に家庭って、子どもたちが社会に出て、そこで生き延びてゆくための最低限のスキルを養うための場、練習場なんじゃないかな?と思うんですね。
そして学校での人間関係、つまり友達関係はほぼ横並びのものばかりです。
けれど、社会に出たらそうじゃない。
いろんな立場や意見をもつ人たちがいっぱいいて、その人たちとも関わってゆかなければなりません。
でも、家には親がいて、おじいちゃんおばあちゃんもいて、人数が多ければそれだけ、人の行き来も増えます。
そんな中でわいわいしていたら、自然に、慣れますよね。


もし、相手や場面に応じた会話力が弱い状態で社会に出て働きだせば、行き違いによるミスやトラブルも多く、窮地に立たされ、悩んで、自信を無くして。
能力はあるしとても優秀なのだけれど、意志の伝え方や "掛け合いや交渉" が上手くできないために、どの職場に行っても人間関係でつまづいて転々としてしまう、といったこともあるのでは?と思うんです。
言えない、だけじゃなく、相手をいら立たせることもしてしまったり。
(上司に注意されている時に、ポケットからリップクリームを取り出し、その上司の前で堂々と塗りながら聞いている、とか。 笑)


極論かもしれませんが、東大生の子たちを見ていると、「しゃべりがうまい」こと。
自分が伝えたいことを豊富なボキャブラリーや知識を使って、堂々と表現してゆきます。
決して、「うざい」「やばい」、といった反応だけではなく、話に起承転結があって、伝えたいこと/要点が伝わりやすく、わかりやすい気がします。
活字や知識に触れる機会が多いせい、でしょうか。
さらには、相手によって、敬語や謙譲語を使い分けてるところも、さすが。
言葉の上であっても、自分を尊重してくれる人のことを、嫌がったり悪く思う人はめったにいないかと。
ちなみに英語にもこれに当たる言い方ってあるんですよ。


そしてこれからの時代はますます、コミュニケーション力や伝達力、話術の上手さが、活躍や成功のカギに。
すでにそういう状況になりつつありますね。


ではどうすればいいんでしょう?


私は、書き文字も含めて、ボキャブラリーを増やすためには、読書が一番効果的と思います。
知識も増えますし、一石二鳥です。

マンガもいいけれど、脳にラクばかりさせてると、いざという時口の達者な相手に言いくるめられて不利な立場に追いやられ、困るのは自分自身、ではないでしょうか。


ということで最近の対人関係の悩みのほとんどは、その人の性格とか共感力によるものというよりも、相手や場に合わせた話し方/会話ができないことや "交渉" ができないことが、根本的な原因なんじゃないかな?と私は考えるようになりました。

話術で「闘えない」「自分を守れない」と言いますか。



けれど、会話力、交渉力って後天的に身につけるもの。
語学と一緒と思います。
ですから、練習すれば必ず上達します


それには場慣れが欠かせません。
めんどくさがらず、失敗を恐れず。
勇気をもって、自分からいろんな人たちに声をかけること、交流することが大事なんじゃないかな?と思います。
(そもそも経験不足のビギナーさんなので、失敗するのはしかたがないことですからね。いちいち気にしてめげないよーに)


なんて、偉そうに書いていますが、これは私自身の課題でもあります。

なのでテレビも使っています。ラジオは表情が見えないのでパス。
話している時の表情とかも大切ですから。
で、有吉さんとマツコさん、加藤浩次さん、ずん飯尾さんの視点や話し方が好きで、勉強がてら聞き耳立てて観ています(笑
売れているけれどうぬぼれてない。偉そうじゃない。
品やユーモアがあるし、毒舌スレスレで核心を突いているけれど、相手をいら立たせたり人格を否定したり傷つけない。 明るいし楽しいし温かい、からです。


日本の文化習慣の中で生まれ育った人が海外で成功しにくい一番の理由


話は変わりますが。
ちょうど先日辻仁成さんが更新された日記のエピソードがとても良くて、私も考えさせられるものだったので、ご紹介を。


こちらの投稿です。
www.designstoriesinc.com


その前にこれまでの事の経緯をば。
Parisにお住まいの辻さん。
少し前に新車をリース契約で購入。
ところが早くも故障してしまいます。
日本でいうJAFも使う羽目になり、その費用も辻さんが立て替えてらっしゃいます。
店に連絡すると、契約時には修理代も会社の方で負担するという話だったのが、のらりくらりとかわされて、このままでは辻さんが泣き寝入りに!?という事態に。
憂さ晴らしに出かけたカフェでフランス人のお友達に遭遇。
するとお友達が辻さんに力を貸そうと申し出てくれました。


でも優しい辻さんは当初、「みんなを巻き込みたくない、迷惑をかけたくない」、と遠慮されてました。(ここも日本人らしさが出てますね)

そしてお友達はこうおっしゃいました。 原文のままお借りします。


「そうじゃない、ツジ。

この国では、権利は一つ一つ勝ち取っていくしかない。
一つ躓いたら、次々、ダメになる国でもある。
逆に、この国は自分を主張したやつが必ず、日の目を見る。
政治だって、みんなデモに参加するのは、自分の権利を勝ち取るため。
泣かない赤ん坊は誰もお腹がすいてることに気づかない。わかるか?


泣き寝入りをする人間は逆を言うとこの国では生きてはいけない。


フランスの懐の深いところは、主張し続けた奴、ネゴシエーション(交渉)し続けた奴には何らかのご褒美が巡ってくるってことだ。
居場所が与えられる。
諦めたら、そこで終わりの国でもある。


フランスってね、面白い国で、権利を主張し、みんな自分で自分の未来や幸福を勝ち取るんだ。
コロナ禍の始まりの時だって、政府にきちんと主張をし、その主張で政治が動いた。
黄色いベスト運動もしかり。
自分たちの年金は黙ってたって、上がらないからね。
戦う時はとことん闘う。
その結果、フランス人の暮らしは向上していく。



拝読しながら、イギリスに留学していた時のことを思い出しました。


とにかく、辻さんの悔しさや歯がゆさも理解できますし、一方で、中には困っている外国人を進んで助けてくれる人たちもいること、ですとか。
このお友達も元はご自分も移民?のお立場から、努力の末に出世されたかただったよう。
なのでよけいにほっておけなかったのでしょう。
でも、そもそも。
これだけ現地のお友達や知り合いが多いのはすごい!
しかもここまで親身になってくれるような関係性をコツコツと築いてこられたんだなぁと尊敬。
生まれ育った国じゃない、アウェーで暮らす時ほど、こうしたつながりは、ほんとに大事!
中には、しり込みして「引きこもる」日本人もいますから。


ということで、欧米人と比べると、日本人はとても気が弱くて、かといって言葉(話すこと、伝えること)に対するコンプレックスも強い気がします。
たとえば、英語は、アクセントも文法もネイティブ並みじゃなければ、「ダメ」「上手い」とはいえない、とか。
意志の疎通さえできればいいのに、それ以上であることが当たり前になっていて。
でも日本語がたどたどしい外国人がいても、見下さないばかりか、「上手だねー?」って褒めるから不思議。


それと、もめ事を嫌うあまり "ケンカ" 慣れしていないから、言い合う際のボキャとか、会話のテクニックの少ないこと。
結局、言いたいことがあっても、自分のほうが損をしても。
それ以上に、人と言い合うことを恐れて、自分のほうから折れて我慢し、口を閉ざすか。
はたまた相手の要求を飲むか。
そんな風にして、少しでも早く事態を収束させようとします。
それが日本流。
ですが、その時の悔しさや怒りは消えませんし、それが続けば、自分に自信を無くし、「人に利用されるばかりで何のために生きているの?」「自分の存在意義が見当たらない」とか。
自責の念にもつながってしまうと思うんです。


ということで、今思えば海外生活ができたことの一番の収穫は、これ(必要とあらば、自分の考えや意見を主張するのをためらわないこと)だったかも、です。


もしかすると英会話ブームは、日本人のコミュニケーションへのコンプレックスの表れかも?


英会話は、100点満点な理解とテクニックなんて、私は必要ないと思ってます。
ネイティブではないのですから、無理。
実際ロンドンの語学学校に通っていた時、同じクラスにTOEICが満点だったという日本人の学生がクラスメイトにいたけれど、彼女の話す英語は「おはようございますです」みたいな、聞いていて、硬くて不自然な教科書英語でした。


それよりも、多少文法が間違っていようが、アクセントがおかしかろうが、たどたどしい英語であっても堂々と自分の意見を言えるかどうか?がよほど重要。

外国人と話してみると、彼らのほうがよほど精神的にオトナなので、私たちの英語の上手い下手など全く気にしません。
何を言いたがっているか、くみ取ってくれます。 もし不確かなら「あなたはこう言いたいの?」って聞き返してくれたり。

それよりも、自分や自分の意見がなくて、もじもじと、笑ってごまかしたり、はっきりしないあいまいな態度を取っている人を避けます、嫌います、見下します。
(念のため、生まれも育ちもイギリスのネイティブスピーカーのBFと友人が数人いました)


とにもかくにも、日本生まれの日本育ちな日本人ほど、口下手で言い合い下手。
けれどそれがここでは「良し」とされています。
あ、「武士に二言はない!」なんて言いかたもありましたね(笑
日本にいる間、気づかないうちにそういう習慣がすっかり沁みついてしまってるんですよね。
言葉の扱いには慣れてらっしゃるし、海外生活が長い辻さんでさえそうなってしまうんだなぁと考えさせられました。



なのにですよ。
そこに来てさらにチャットアプリで会話を済ましてばかりいたら、それはもうますます会話力や交渉力は落ちて行ってしまわない?

それでなくとも、数秘3の21世紀は、トーク力・伝達力がモノをいう時代。

それとね、自分や自分の人生を生き切っている人ほど、私は、おしゃべりで饒舌だなぁって気がするんです。

どうですか?


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